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introspection

取り留めのない考えごとを忘れないための内省的日記

理想像

色んな遊びを知っていて、人を惹きつけるユーモアな話が出来て、みんなに慕われる嫌みのない男になりたい人生だった。実際はというと、俺が知っている遊びといえば大概くだらない賭け事だし、話をすれば他人を面白おかしくこき下ろして笑いをとってしまうし、何も出来ないくせにプライドだけ高くて周りを見下してしまうのだから、周りから慕われる男には程遠いと言わざるを得ない。

 
それでも俺にひとつ長所があるとすれば、それは色々な境遇にいる人の心情を概ね把握できるという所ではないだろうか。俺はスポーツや勉強に建設的に取り組んでそれなりに結果を出せた時期もあったし、何の目標もなくお酒とたばこと賭け事で日々を浪費した時期もあった。家が貧乏で色々なものを我慢した時期もあったし、自由なお金を手に入れて自分のしたいことや欲しいものにつぎ込んだ時期もあった。心優しい恋人に恵まれて素敵な季節を過ごした時期もあったし、アニメやゲームで一人の寂しさを紛らわせながら孤独に過ごした時期もあった。知らないことの自由さも、知っていることの不自由さも分かっているつもりだ。
 
いや、何も人生経験が豊富って訳じゃないんだ。事実、上で挙げたことのどれもが中途半端で終わっているからね。ずっと建設的な努力を続けていたなら俺は今こんなに無様なことにはなっていないだろうし、かといってあのままずっと無益な日々を過ごしていたら俺は今こんな風に将来に希望を持って生きていなかっただろう。結局、立派な人間にも完全なクズにも俺はなれないんだな。普通の人ってことだよ。
 
でもね、ニュートラルな普通の人だからこそ、何かに振り切った普通じゃない人たちのことだって五割くらいは理解することができるんだ。簡単にいうと、俺は色んな人と仲良くなれるような気がするんだな。これが唯一の長所といえるね。
 
普通っていうのは凡庸でつまらないかもしれないけれど、それなりの利点がある。例えば俺の頭は良くも悪くもない凡庸なものだと自他共に認めるものだけれど、凡庸だからこそ、自分より頭の良い奴の考えも自分より頭の悪い奴の考えも五割くらいは理解できるんだ。五割だって理解できることは素晴らしいことだと思うよ。もし俺がとてつもなく出来の良い頭の持ち主だったら、頭の悪い人間の思考など考えもつかなかっただろうし、彼らに伝わるように物事を説明することだって出来なかっただろうからね。逆に俺の頭がめちゃめちゃに悪かったら、今みたいに食らいついて自分より遥かに頭の良い奴の言うことを理解しようと努めることは叶わなかっただろう。
 
なんとなく当初の話題から逸れてしまった気がするけど、とにかく嫌みのない人間になることから始めたいって思うんだ。ほんとは皆から好かれる人間が一番良いのさ。