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introspection

取り留めのない考えごとを忘れないための内省的日記

俺とポケモン

子どもの頃は身体が弱くて、病院に入ることがよくあったんだ。入院すると俺は大抵同年代の子どもたちと同じ病室に入れられるんだけど、当時からあまり人と話をするのが得意じゃなくて、他の子どもたちが皆で仲良く遊んでいる時だって俺は「日本の鉄道車両図鑑」みたいな本を一人で読んでいたんだな。そんな俺を見かねたお父さんが、ある日俺にゲームボーイをプレゼントしてくれたんだ。「ポケモンピンボール」というカセットと一緒にね。これが俺のゲームとの、またポケモンとの出会いだったな。ゲームボーイを持っている子どもは当時そこまで多くなかったから、俺はたちまち病室の人気者になることができた。

 

そんなこんなで、退院してから小学校に上がるまで俺はずっとポケモンに夢中になっていた。「ポケットモンスター金銀」が発売されたのもちょうどこの時期だったかな。実は「金銀」は小さな子どもにとって中々難易度の高いゲームで、一人で攻略することが出来なかった俺はよくお父さんの力を借りていたんだ。ワタルを倒したのもレッドを倒したのも、お父さんだったような気がするな。俺はそれを脇から見て、「すげー!」って言ってるだけだった。

 

小学校二年生の夏休みに両親が離婚して、お母さんに引き取られた俺は今までと別の小学校に通うことになった。その時も引っ込み思案な性格が災いして、俺は転校早々クラスの中で孤立してしまっていたんだ。だから俺は学校が終わるとすぐに家に帰って、お母さんが仕事から帰ってくるまで一人で昔お父さんがクリアしてくれた「金銀」をプレイしていた。当時のことを思い出すと、子どもながらに中々辛いことが多かったような気がするよ。大人になってから母親に聞いた話だけど、当時の俺はストレスで軽度のチック症を発症していたらしいんだ。チック症というのは何も知らない周りの子どもたちからみると少し気味が悪く見えてしまうものだから、そういったことも俺に友達が出来ない一因になっていたのかもしれないね。

 

その後転校して二ヶ月が過ぎた頃だったかな、ポケモンの新作「ポケットモンスター ルビーサファイア」が発売された。ルビサファは俺が持っていたゲームボーイじゃプレイ出来ないソフトだったんだけど、どうしても新作のポケモンで遊びたかった俺はお母さんにお願いして新しいハードとソフトを買ってもらったんだ。離婚してからうちはもうめちゃくちゃ貧乏だったから、きっとそれは当時のお母さんにとって大きな出費だったと思う。それでも、お母さんは嫌な顔ひとつせずに買ってくれたな。今でもお母さんと一緒にゲームボーイアドバンスルビサファを買いに行った日のことはよく覚えているよ。ゲームボーイアドバンスは地元のおもちゃ屋ですぐに買えたんだけど、ルビサファは当時ものすごい人気で、どこのおもちゃ屋でも売り切れになってしまっていたんだ。結局発売日にはソフトを手にいれることが出来なくて、俺はその日めちゃくちゃ泣いてお母さんに当り散らしたんだよ。すると翌日、仕事から帰ってきたお母さんはお土産だよ、といって俺に「サファイア」をプレゼントしてくれたのさ。きっと仕事が終わったあと、車で市外の大きなおもちゃ屋まで出て買ってきてくれたんだろうね。疲れてただろうに、ありがたい話だよ。

 

それから俺は友達と外で遊んだりせずにずーっと一人でポケモンをやっていたから、ポケモンに関する知識は誰よりもあった。クラスメイトからのポケモンに関する質問に答えてるうちに、いつしか俺はクラスのポケモン博士と呼ばれるようになって、それがきっかけで何人かの友達も出来るようになったんだ。そう、こうしてふと昔のことを思い出すたびに、俺はポケモンとお父さんとお母さんに感謝しなければならないなあと思うわけだね。