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introspection

取り留めのない考えごとを忘れないための内省的日記

物書き

なんとなく照れ臭くて人にはあまり言えないのだけれど、最近小説を書いてみたいなあと思うことがある。物心ついた時から今に至るまで寝る前に色々と感傷的な妄想をする癖があって、まあ良い歳をしてそんな趣味があるのはあまり気持ちの良いことではないなと自覚はあるのだけれど、そういう妄想を文章にしてみたら案外楽しいものが出来上がりそうな気がするんだ。しかし、古今東西そういった感傷的な切り口から創作を生み出す天才というのはありふれているものであって、例えば作家でいうとJ.Dサリンジャーだったり庄司薫だったり重松清だったり、画家でいったらイサーク・レヴィタンだったり。もちろん今挙げた人物はみんな俺が大好きな芸術家たちなのだけれど、問題は俺が何か作品を創ろうとすると、どうしても彼らを真似るような二番煎じにしかならないってことだ。小説を書きたいと言うばかりではなく、誰にも知れずこっそりと実際に筆を取ってみたこともあるが、出来損ないの「ライ麦」みたいな駄作が出来上がって頭を抱えることになったのはついこの間の話だ。もっと斬新な切り口から読者を楽しませることができるような作品が書けると良いのだが、どうやら俺はそういった発想力に乏しいらしい。しかし、文章を書くことは大好きなので何か面白そうな題材が浮かんだらまたひっそりと書いてみたいなと思う。そしてそれを半年くらい寝かせてみて、半年後自分でもう一度読んで良いものだと思えたらどこかのサイトで公開でもしてみようか。中学生の頃にどこかの掲示板で自作の小説を恥ずかしげもなくおおっぴろげに出来ていたあの頃の自分が少し羨ましい。大人になって色々なことを知ったり、自分より圧倒的に優れた人を目の当たりにすると恥という感情が湧いてきて何をするにも萎縮してしまう。別に小説を書くっていう話に限らず、そういうちっぽけなプライドが自分の可能性を狭めていることは重々理解しているつもりなんだけど。