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introspection

取り留めのない考えごとを忘れないための内省的日記

生活の変化と回想

このブログを熱心に更新してた頃とは、色々なことが変わったように思う。身の回りの環境も、他人が自分を見る目も、自分自身も変わった。

 
一昨年の冬頃に、それまで所属していた体育会を半ば脱走するような形で辞めた。そして、当時住んでいた体育会の部員寮を抜け、安いアパートを借りて一人で退廃的な生活を送り続けた。大学には行かず毎日フルタイムでバイトをして、終業後はそのまま仲間と酒を飲んだり、パチンコをしたり、麻雀を打ったりして稼いだお金の大半を溶かしていたんだ。
 
そういえば、このブログのアーカイブをすべて読んだ。ほんの少し前の自分は、分かりもしない哲学書や、厭世的な小説ばかりを読んで、身の回りの社会から目を背けつつも、決して何も考えずに生きているわけではないということを殊更に主張しているように感じられた。しかし、その主張は何の知識にも基づいていないから、文章全体がチープで薄っぺらくなってしまっているね。そりゃそうだ。賭け事や酒ばかりやっているバカな奴に、どんな立派な主張も出来やしない。率直にいえば、すごくカッコ悪いぜ、俺。
 
今年の七月。体育会時代の友人から連絡を貰って、地方で三週間にわたって行われる夏の強化合宿の手伝いをしに来てくれないかと頼まれた。ちょうどお金に困っていた時期だったので、タダ飯が三週間も食べれるなら、少し手伝うくらいは構わないかな、なんて邪な考えで快諾した。
 
その強化合宿が行われる場所というのが携帯もろくに繋がらないマジなクソ田舎で、俺は暇つぶしに難儀した。そもそも俺の仕事は一日二時間程度の車の運転が主で、他の時間はすることもなくぼーっと過ごしていたのだ。そんな訳だったから、合宿中の三週間で文庫本を十冊弱は読んだだろうか。人生でもっとも本に触れた三週間であったことは間違いない。
 
そんな中、ある事件が起こった。強化合宿も中盤に差し掛かった頃、一緒に仕事をしていたマネージャーの一人が行方不明になったのだ。すでに日も傾きはじめている時間で、辺りは山奥のため夜になると何も見えなくなる。おまけに熊も出るらしい。携帯も繋がらなかったので、俺は車を走らせてとにかく必死に彼女を探した。もう五分探して見つからなかったら警察に通報しよう、そう思っていた矢先、前方にハイビームに照らされる人影が。
 
車の中で彼女は事情を話してくれた。ずっと雑用をさせられて休む間もなく、そんな扱いが悔しくて脱走してやろうと思ったそうだ。合宿の拠点から最寄りの駅までは20km近くあるのに、無謀な話だなあなんて思ったね。
 
彼女の話を聞いて、俺は自分が部活の合宿所から脱走した時のことを思い出した。ちょうど東京で大雪が降った二月の寒い日だったかな。終電もない時間で、音を立てないように脱走してきたものだからろくなコートも羽織らず、二駅分歩いた先にあったマクドナルドで朝まで凍えていたんだ。そんな風に、今のゴミみたいな生活の山の中に埋もれてしまっていた記憶を掘り返すと、シナプスを流れるみたいに色々なことを思い出した。
 
中学生のころ家庭が少しごちゃごちゃしたり、だいぶ荒れた学校に通ったりしてたことで、俺は周りの人間に心底嫌気がさした時期があった。その時、俺はこんな所から抜け出したいと強く思い、バカなりに必死で勉強して進学校に合格したんだ。
 
高校では友達に恵まれたと思う。みんな面白くていい奴だったし、育ちの良さというか、品格を感じさせるような所があったな。うまく言えないけれど、なんとなく捻くれた自分とは種類の違う奴らなんだなと思って、一緒にいて楽しいながらもいつもどこかでコンプレックスを感じていた。だから周りより劣っていると他人に思われるのが嫌で、自覚してしまうのが嫌で、彼らと話す時に努めて明るく振る舞って笑いを取ったり、彼らの見えない所でこっそり勉強することで高得点をとって天才感を演出したりしていたな。やり方こそ姑息だったけれど、この時期にしっかりと勉強していたことは後の俺にとって幸いなことだった。それまでの積み重ねがあったおかげで、大学受験では人とさほど変わらない努力で行きたかった学校に合格することができたし、学びの楽しさに気付いたのもこの時期だった。
 
しかし、地元を離れて大学に行くと、周りにはいよいよ優秀な奴ばかりで、俺はまた自分が全体の中で劣っているように感じた。そんなことを考えていたからだろうか、新歓の時に学内で一番厳しいといわれる体育会の勧誘に心を動かされ、俺はそこに入部することにしたんだ。そんなにガツガツ運動する方では無かったのだけれど、その時周りの人間に負けないくらいすごい奴になるために必要なものは、スポーツに打ち込むことで得られるメンタルの強さと強靭な体力であるような気がしたんだ。あまりにも短絡的すぎたね。
 
その結果は何の実績もあげられないまま二年でリタイア。勉強もろくにしなかったせいで成績もボロボロ。残ったのは、道半ばで物事を投げ出したことによる敗北感と劣等感だけだった。そして話は冒頭に戻る。
 
合宿から帰った後、なんとなくそうしなければならないような気がして、大学の目の前に部屋を借りて引越しをした。惰性で続けていたバイトも辞めた。ずっと引きずっていた大好きな前の彼女のことも、心に整理をつけた。なんだか、長く散らかされていた部屋の煤払いをするような気持ちだった。そうすると、不思議と今まで生活の大半を占めていた、パチンコや麻雀やお酒といったものに、全く興味が湧かなくなった。
 
大学も卒業に向けて真面目に頑張るようになった。俺は大学に少し長く居座りすぎだ。
 
俺は思春期から今に至るまでずーっと人間を優劣の観点で判断していて、またその中で自分が優秀な人間でなければならないという強迫観念を常に抱いていたように思う。どうしてそんなことを考えるようになったのか、きっかけはよく分からない。でも、俺が自堕落な生活を送りながら読んでいた本にはこんなことが書いてあったよ。
 
"I don’t know what good it is to know so much and be smart as whips and all if it doesn’t make you happy."
「いろんなことを覚えて、鞭のように鋭い切れ者になったって、それで幸せになれなかったら、一体何の甲斐があるんだ。」